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横浜地方裁判所 昭和52年(行ウ)17号 判決

(昭和五二年(行ウ)第一七号事件)

原告

鍵和田ヨシ

鍵和田夫

鍵和田信吉

鍵和田壽之

右原告四名訴訟代理人弁護士

大内猛彦

大内圀子

右訴訟復代理人弁護士

坂東規子

(昭和五二年(行ウ)第一八号事件)

原告

山田芳子

平田德子

右原告二名訴訟代理人弁護士

竹内康二

右訴訟復代理人弁護士

荘司昊

井上智治

河合弘之

堀裕一

西村國彦

安田修

青木秀茂

被告

小田原税務署長

神蔵勉

右指定代理人

立石健二

外六名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告らに対し昭和五〇年七月三〇日付けでした各相続税の更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、課税価格を原告鍵和田ヨシについては六四一三万二〇〇〇円、その余の原告については各二二二〇万五〇〇〇円としてそれぞれ計算した額を超える部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告ら(以下、原告各人をそれぞれ姓を略し「原告ヨシ」、「原告芳子」「原告德子」、「原告夫」、「原告信吉」及び「原告壽之」といい、また、右原告のうち、「原告ヨシ」、「原告夫」、「原告信吉」及び「原告壽之」を「一七号事件原告」、その余の原告を「一八号事件原告」というとがある。)及び訴外鍵和田久喜(以下「久喜」という。なお、右原告ら及び久喜を総称して「本件相続人」ということがある。)は、昭和四八年四月五日死亡した訴外鍵和田勝治(以下「勝治」という。)の財産を共同相続したが、その相続税について、本件相続人のした申告、被告のした更正及び過少申告加算税賦課決定並びに不服審査の経緯は、別表一記載のとおりである。

なお、同表記載の数額は本件相続人の相続税に関する合計額であり、その各人の申告、更正及び過少申告加算税賦課決定の数額は、別表二、欄記載のとおりである(以下、被告の原告らに対する右更正及び過少申告加算税賦課決定を「本件各処分」という。)。

2  しかしながら、本件各処分には、原告らの本件相続に係る課税価格を過大に認定した違法がある。

3  よつて、被告に対し、本件各処分のうち、原告らが請求の趣旨において主張した額を超える部分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1の事実は認めるが、同2の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件各処分の適法性

本件相続人の各相続税に係る課税価格は別表二⑤欄記載のとおりであり、本件各処分は右金額の範囲内であるから適法である。

しかして、右課税価格の算出基礎としての本件相続人の取得した財産の純資産価額の内訳は、別表三記載のとおりである。

右課税価格のの算出根拠は、以下のとおりである。

2  別表三番号2(1)について

土地評価修正に係る当該土地の所在、地目、利用区分、数量、固定資産税評価額、評価倍数、申告、更正及び被告主張の各評価額並びに増差額は、別表四の1ないし5及び小計欄記載のとおりであり、右更正及び被告主張の各評価額は、原告らが自用地又は貸家建付地を貸地として申告していたので、その誤りを訂正したにすぎない。

3  別表三番号2(2)について

土地評価修正に係る当該土地の所在、地目、利用区分、数量、固定資産税評価額、評価倍数、申告、更正及び被告主張の各評価額並びに増差額は、別表四の6ないし9及び小計欄記載のとおりである。

なお、別表四の8については、更正において誤つて家屋の固定資産税評価額(四五万九三一四円)によつたため、一万八一一八円の過大評価となつているので、本訴では右額を差引額として主張する。

4  別表三番号2(3)について

貸家建付借地権申告もれに係る借地権の所在、数量、右貸家建付借地権の目的となつている宅地の固定資産税評価額、評価倍数及び被告主張の評価額は、別表四の10記載のとおりである。

5  別表三番号2(5)について

神山製綿合名会社(以下「神山合名」という。)の出資持分申告もれ一億二九三六万一五〇〇円を未分割遺産として申告額に加算した理由は、次のとおりである。

(一) 昭和二三年四月二五日以降の神山合名の出資持分の移動状況は、次のとおりである。

出資者の氏名

持分(単位万円)

昭二三・四・二五

昭四七・四・二八

昭四九・一二・二三

勝治

三〇

三〇

三〇

久喜

三〇

三〇

三〇

岩田駒吉

一八

一八

竹内利和

一八

一八

原告芳子

一八

一八

原告德子

一八

一八

桐山精一

一八

一八

原告夫

一八

鍵和田勝

一八

同 文雄

一八

同  隆

一八

同  亨

一八

合計

一五〇

一五〇

一五〇

(二)(1) 被告が、申告された相続財産に加算した神山合名の出資持分は、相続開始日である昭和四八年四月五日当時において、原告夫、訴外鍵和田勝(以下「勝」という。)、同文雄(以下「文雄」という。)、同隆(以下「隆」という。)及び同亨(以下「亨」という。)の五名(ただし、本件各処分において、相続財産に加算したのは原告夫名義分を除く四名分である。なお、以下五名を「相続時名義人ら」ということがある。)の名義とされていた合計九〇万円(評価額一億二九三六万一五〇〇円)であるが、右五名の出資持分は、昭和四七年四月二八日、それぞれ訴外岩田駒吉(以下「岩田」という。)、同竹内利和(以下「竹内」という。)、原告芳子、同徳子及び訴外桐山精一(以下「桐山」という。)の五名(以下、右五名を「当初名義人ら」ということがある。)から名義変更されたものである。

しかし、昭和四九年一二月二三日、右当事者間の話合いの結果、昭和四七年四月二八日の右名義変更は白紙還元され、当初名義人らの名義に戻された。

(2) しかして、岩田、竹内及び桐山の三名は、それぞれ自己の名前を貸しただけで、自己の出資持分の額も知らなかつたものであり、原告芳子、同德子は、出資払込みの手続きをした勝治から自己の名義が使用されていることさえ直接知らされておらず、自己が社員となつた時期及びその出資持分の額がいくらであつたかも知らなかつた。

(3) また、右五名の昭和二三年四月二五日の神山合名入社に係る出資の払込みについては、すべて勝治が出捐し、右五名はいずれも自己持分の出資の払込みをしていないのみならず、社員として同会社の経営に参加した事実もなく、出資に応じた配当も受領していなかつた。

(4) 更に、勝治は、昭和二六年分及び同二七年分の富裕税の申告において、右五名の名義出資持分を自己の持分に含めて自己の財産として申告している。

(5) そして、勝治の長男であり、神山合名の社員として勝治に最も近い立場にあり、相続人らを代表して本件各処分に係る調査及び異議申立てに係る調査に応じた久喜は、一貫して本件で争いのある神山合名の出資の持分が勝治の財産であることを認めていた。

(三) 以上によれば、当初名義人らの神山合名の出資持分(以下「本件出資持分」という。)は、実質的に同社を経営し、出資の手続、資金の出捐をした勝治の財産であり、かつ、未分割遺産であることは明らかである。

四  被告の主張に対する原告らの認否

1  被告の主張1について

別表三のうち、1欄、2(1)ないし(4)欄、2(6)ないし(8)欄の記載は認める。別表三の2(5)欄については、神山合名の出資持分が一億二九三六万一五〇〇円と評価されることは認める。その余は否認ないし争う。

2  被告の主張2ないし4について

いずれも争わない。

3  被告の主張5について

(一) 同5(一)は認める。

(二)(1) 同(二)(1)のうち、昭和四八年四月五日当時、相続時名義人らが神山合名の社員として登記され、その出資持分が合計九〇万円(その評価額は一億二九三六万一五〇〇円)であつたこと、同四七年九月二〇日、同年四月二八日に右名義人らが神山合名に入社し、当初名義人らが退社した旨登記されていること、昭和四九年一二月二五日、同月二三日に相続時名義人らが退社し、当初名義人らが入社した旨登記されていることは認める。

(2) 同(二)(2)ないし(5)のうち、竹内名義の出資持分に関する部分は認めるが、その余は否認する。

(三) 同(三)のうち、竹内名義の出資持分に関する部分は認めるが、その余は争う。

五  原告らの反論

1  本件出資持分の帰属について

(一七号事件原告)

(一) 本件相続開始日である昭和四八年四月五日当時、本件出資持分九〇万円の名義人は、原告夫、勝、文雄、隆及び亨の五名であるから、右出資持分のうち七二万円は相続財産に帰属しない。同四九年一二月二三日にされた右五名から本件出資持分の当初名義人らへの名義変更は実体的な権利変動を伴わない暫定的なものである。

(二) 仮に、前項のとおりでないとしても、次のとおり本件出資持分のうち七二万円は、原告芳子、同德子、桐山及び岩田の所有であつた。

昭和二三年四月二五日にされた神山合名の増資は勝治の出捐によりされたが、勝治は右増資に係る出資持分を、娘である原告芳子、同德子については持参金代わりに、従業員である桐山、岩田については戦中・終戦直後の功績に報いるために、それぞれ贈与した。そして、勝治は、持分に対する配当金を桐山、岩田については、神山合名から直接支払わせ、原告芳子、同德子については、一たん自分が受領し、自らの手で交付し支払つた。

(一八号事件原告)

(一) 原告芳子、同德子は、昭和二三年四月二五日、勝治からの贈与により持参金代わりとして前記神山合名への出資持分を取得した。

仮に、そうでないとしても、昭和二三年四月にされた勝治の贈与の申込みに対し、遅くとも同二七年には原告芳子、同德子から受贈の意思が表明され、右出資持分についての贈与契約が成立した。

(二) 原告芳子、德子の出資持分につき、昭和四七年四月二八日にされた出資持分の移転は、同四九年一二月二三日の復帰処置のあることから、右移転自体錯誤として無効又は移転契約が解約されたものと解すべきである。

(三) 桐山は昭和一四年三月に神山合名に従業員として入社し、以後長年同社に勤務し、昭和二三年ころには製綿部の部長の要職にあり、勝治とその子である久喜に次ぐ責任ある地位にあつた。

勝治は当時同会社の増資を行うに際し、桐山の同会社に対する功労に報いるため、同人を出資社員とすることにし、同人に対し一八万円を贈与した。同人はこれを同二三年四月二五日同会社に出資して、同会社の本件社員持分を取得し、現在に至つた。

仮に、そうでないとしても、勝治が一八万円を出資し、桐山名義で社員権持分を取得し、その直後ころ、右持分が同人に譲渡された。桐山は同会社からの配当を受けている。

2  岩田名義の出資持分について

(一) 除斥期間経過

被告は、昭和五三年二月一日付け準備書面(一)において、岩田名義の出資持分が相続財産を構成すると主張し、右持分を勝治の相続財産に加えて改めて相続税額を算出し、納付すべき税額は本件各処分による金額より更に多額であると主張している。すなわち、被告は右準備書面において実資的に新たな更正をしたのである。

しかし、被告の右主張(実質的更正)は、国税通則法七〇条の規定に反しているから、主張自体失当である。

なぜなら、被相続人の死亡日は昭和四八年四月五日であり、相続人らは同年一〇月四日相続税の申告をした。しかるに、被告の右実質的更正は、昭和五三年二月一日付け準備書面において初めてなされているから、これは同法七〇条一項一号の規定する除斥期間(三年間)を経過した後であることは明白である。

(二) 信義則違反

被告の右実質的更正の主張は、次のように信義則に反するものであつて、本訴において攻撃防禦方法として主張することも許されない。

すなわち、

(1) 被告は、岩田名義出資持分について「実質の帰属者が明らかでなかつたため課税を留保した」と主張するが、課税について留保した事実を相続人に告知しなかつた。

(2) そして、その後も「実質の帰属者」を明確にするための税務調査権に基づく調査を実施していない、

(3) 税務調査権の放棄により、岩田名義の出資持分に関する最良の証拠方法である岩田の供述を、被告は求めていない、

(4) そればかりか、前記課税留保の不告知により、原告らも右出資持分に関する岩田自身の供述等を得る機会を奪われてしまつた、

(5) 被告は、岩田の死亡後、突然に右出資持分の帰属について調査をしているが、右調査は留保した課税をするための前提としての税務調査権の行使ではなく、本件訴訟維持遂行のみを目的とした民事訴訟規則による準備行為であつた、

(6) しかるに、被告は岩田の相続人に対しては、架電の趣旨が、岩田の相続財産と何ら関係ない民事訴訟規則による訴訟準備行為であることを明らかにせず、あたかも岩田家に対する税務調査権の行使であるかのように装い(少なくとも、岩田の相続人の右のような誤解に乗じて)、右出資持分の帰属者を「調査」した、

(7) そして、右「調査」結果を証拠として、国税通則法七〇条一項の除斥期間を経過した後、実質的更正の主張を行つた、

ものである。

右のような経緯でなされた被告の前記主張は、信義則に反し本訴において主張することは許されない。

3  本件出資持分の分割について

本件相続人は勝治の遺産を分割するに当たり、昭和四八年九月末ころ一堂に会して協議をし、遺産分割協議書を作成し、その際、右遺産のうち本件相続人各人が取得する財産を明記した上、「前記財産以外の遺産(債務を含む)は鍵和田久喜が相続する」という条項を協議書中で定めた。したがつて、仮に、本件出資持分が勝治の遺産を構成するものであつても、右遺産分割協議書の定めにより本件出資持分は久喜が取得したものである。

原告らも本件出資持分を久喜が取得したことを認めており、そのほかに遺産分割について異議を述べていない。この事実をみても、右協議書中に出資持分が明確に記載されていなくとも、本件出資持分は右分割協議の対象となつており、久喜に分割されていることは明白である。

六  原告らの反論に対する被告の認否及び再反論

1  原告らの反論2について

(一) 同反論2(一)について

本件訴訟は被告のした本件各処分において認定した相続税の課税価格及び相続税額(以下「課税価格等」という。)が客観的な課税価格等を超えているか否かを審判の対象としているものであるから、本件各処分当時、客観的に存在していたいかなる事実をも、本訴において主張することを妨げられるものではない。

したがつて、被告は、本件各処分に当たつては相続税の課税価格に加算するのを留保した岩田名義の神山合名の出資持分を、その後の被告の調査によつて、実質的に勝治に帰属する財産であると認めるのが客観的に正当と判断するに至つたことから、当該岩田名義の出資持分は相続開始日現在において、勝治の相続財産として客観的に存在し、本件課税価格を構成する旨主張しているのである。

それ故、被告の右主張は、あくまで本件訴訟における攻撃防禦の方法であつて新たな処分ではないから、国税通則法所定の除斥期間とは何ら関係がなく、またそれによつて直ちに、本件各処分で確定された課税価格等に変更をきたすものでもなく、当該更正処分はそのままの内容で維持される結果になるにすぎないのである。

(二) 同(二)について

(1) 認否

ア 冒頭の主張は争う。

イ (1)について

認める。

ウ (2)について

否認する。

エ (3)について

被告が岩田の供述を求めなかつたことは認める。

オ (4)について

不知。

カ (5)について

岩田死亡後、事実調査を行つたことは認める。

なお、税務調査と訴訟準備としての調査とを厳密に区別する理由はない。

キ (6)について

被告が岩田の相続人に架電して岩田の出資持分の帰属に関する調査をしたこと及びその際訴訟準備行為であると明示しなかつたことは認めるが、税務調査権の行使であるかのように装つたとの点は否認する。

ク (7)ついて

争う。

(2)反論

税務署長が行う税務調査は、社会通念上相当と認められる限り、その合目的的裁量に委ねられているものというべきであり、現に実定法上も調査方法やその範囲を明示した規定は何ら存在せず、税務署長が課税を留保した場合において、その事実を告知しなしなければならないとする法的根拠もまた存しないところであるから、被告が課税の留保を告知しなかつたり、あるいは岩田の供述を求めなかつたからといつて、これにより直ちに被告の税務調査が違法に帰することはない。

しかして、被告が税務調査権の行使を装つて訴訟準備行為をした事実は全く存在しないし、また、本件訴訟は、被告が本件各処分において認定した相続税の課税価格及び相続税額が客観的に存在するそれを超えているか否かを審判の対象としているのであり、岩田名義の出資持分が勝治の相続財産を構成しているか否かは、本件訴訟における攻撃防禦の方法にすぎないのであつて、被告が本件訴訟において岩田名義の出資持分が勝治の相続財産を構成すると主張することは何ら信義則に反しない。

したがつて、原告らの右主張は、その前提において既に失当というべきである。

また、そもそも、課税訴訟においては、禁反言ないし信義則の法理の適用の余地があるとしても具体的事案に対する適用は慎重かつ厳格になされるべきである。けだし、租税債務は、専ら租税法規によつて定められた一定の法律要件事実が充足すれば当然に生ずるものであり、当事者たる課税庁や納税者が任意に処分や放棄をなし得る性質のものではないから、当事者間の公平の見地から導き出される右のような一般条項的法理には親しまないというべきであつて、安易に右法理が適用されるとすれば、法律上納税義務を負う者が不当に課税を免れることになり、税負担の適正公平の要請にもとる結果を招来するからである。

以上のとおりであるから、原告らの信義則違反の主張は失当である。

2  原告らの反論3について

(一) 被告が本件出資持分を未分割財産と認定したのは、次の理由による。

(1) 遺産分割協議が行われた昭和四八年九月末日の時点で本件出資持分は相続時名義人らの名義となつていたこと及び本件相続人の中に本件出資持分の評価額や相続財産であるという認識が必ずしも明確でなかつた者がいたこと等のため、本件出資持分は分割協議の対象とならず、そのため本件出資持分が実質的には中心的な重要な遺産であつたにもかかわらず、具体的に遺産として協議書に記載されなかつたものと認められる。

(2) ところが、その後、被告の調査によつて、昭和四七年四月二八日付けで相続時名義人らの名義となつた名義出資持分について贈与税がかかることが判明したが、贈与税の方が相続税よりも税額の負担が非常に高いことから、昭和四九年一二月二三日付けで相続時名義人らの名義から当初名義人らの名義に戻された経緯がある。

(3) 本件出資持分が勝治の所有に帰属する財産であつたことについては既に述べたとおりであるが、相続時名義人らの名義から当初名義人らの名義に戻されたことに伴い、被告は本件相続人に対して本件出資持分についての相続税の修正申告書を提出するようしようようしたところ、原告らは各名義人の固有財産であると主張してこれに応じなかつたものである。

原告らのこの主張は、名義出資持分についてはこの時点ではまだ分割の協議が行われていなかつたことを意味するものである。

(4) その後、昭和五三年八月九日に至り、それまで相続財産であることを否定していた竹内名義の出資持分についてのみ相続財産であることを認め、遺産分割協議書の最後の条項を理由に久喜が取得したものとして、相続人のうち久喜だけが修正甲告を行つている。

(5) 以上の経緯からみて、遺産分割協議書でいう「前記財産以外の遺産」とは、昭和四八年一〇月四日付けで相続税の申告がされた財産のうち、同協議書に具体的に記載されていない家庭用動産、貸付金、未収家賃、準確定申告による未収金、未収配当金及び債務を指すものであつて、竹内の名義のものを含めて本件出資持分は「前記財産以外の遺産」の中には含まれていないと解するのが相当であり、また、それが当該遺産分割協議の際における原告らの真意でもあつたと認められることによるものである。

(二) 被告は、本件出資持分を未分割財産と認定したことに基づき、原告らの課税価格を相続税法五五条の規定により原告らの法定相続分によつて計算したものであるところ、右取扱いによつても、本件相続人が、後日本件出資持分に係る遺産分割協議を成立させて、右相続人らにおいて、相続税法三一条一項に基づく修正申告又は同法三二条一号に基づく更正の請求をすることにより、右分割に応じた課税価格等にこれを是正し得るものであるから、原告らに不利益を及ぼすものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二本件各処分の適法性について

1  被告の主張1中、本件相続人の取得した財産の純資産額のうち、別表三の1欄、2(1)ないし(4)欄及び2(6)ないし(8)欄の各記載並びに同表三の2(5)欄中神山合名の出資持分が一億二九三六万一五〇〇円と評価されること並びに被告の主張2ないし4の事実は当事者間に争いがない。

2  被告の主張5(神山合名の出資持分の帰属)について

(一)  同5(一)の事実(昭和二三年四月二五日以降の神山合名の出資持分の移動状況)、同(二)(1)の事実のうち、昭和四八年四月五日当時、相続時名義人、が神山合名の社員として登記され、その出資持分は合計九〇万円(評価額は一億二九三六万一五〇〇円)であつたこと、同四七年九月二〇日、同年四月二八日に右名義人らが神山合名に入社し、当初名義人らが退社した旨登記されていること及び同四九年一二月二五日、同月二三日に相続時名義人らが退社し、当初名義人らが入社した旨登記されていること並びに同(二)(2)ないし(5)及び同(三)のうち竹内名義の出資持分に関する部分については、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  当初名義人らの各名義の出資持分の帰属について

前記事実に加え、〈証拠〉を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

(1) 神山合名は勝治が中心となつて設立した製綿会社であつて、勝治は、原料、仕入、工場、営業全般にわたる統轄者であつたこと、神山合名の経営については、勝治のいわゆるワンマン経営であつたこと、昭和二三年四月二五日、同会社が増資をした際、従業員の岩田、同竹内、同桐山、勝治の娘の原告芳子、同德子が各一八万円を神山合名に出資して社員となつた旨(ただし、竹内、岩田は出資額の増額)の登記が経由されているが、右金員はすべて勝治が出捐したものであり、右五名が同会社の社員として経営に参加したり、処遇されたことはないのみならず、配当さえも受けたことはなく(ただし、桐山については後記認定のとおり)、勝治はその生存中、右五名に対し同会社の正式の社員であると告げたことはないし、同人らもまた同社員であるとか、同社員になつているとは意識していなかつたこと、勝治は、昭和二六年及び同二七年の各年度の富裕税の申告に当たつても、右五名の当初名義人らの出資額を含む神山合名の出資二万四〇〇〇口(一二〇万円)につき、勝治個人の財産として申告していること

(2) 竹内は、勝治の妻の妹の夫であるが、勝治に名義を貸していたにすぎないこと

(3) 岩田の妻岩田テル(以下「テル」という。)は、勝治の妹にあたり、岩田は、従来勤務していた石炭会社の杉浦商会を辞し、昭和一六年ごろ、神山合名に勤務するようになり、同二五・六年に退職するまで、経理を担当していたこと、勝治は、同七年ころ、テルに対し、神山合名の出資につき岩田の名義を貸してほしい旨依頼し、テルはこれを承諾したこと、そして、同月一五日、岩田は一万円を出資して社員となつた旨の登記が経由されたものであること、次いで、同二三年四月二五日、勝治が出捐し、岩田名義の一八万円の増資の登記がなされたこと、神山合名は、同五二年一〇月一五日、コーヤマ株式会社との合併のための臨時社員総会を開催し、右総会の議事録には、岩田が出席社員として記載されているが、同人は同五一年二月に既に死亡していること

(4) 桐山は、昭和一四年に神山合名に入社し、同二三年に製綿課の責任者となつたこと、同年の増資の際、桐山が一八万円を出捐し、社員となつた旨の登記が経由されていること、しかし、右出捐は勝治がこれをなし、桐山は勝治に頼まれて単に名義を貸しただけなので、神山合名の経営には全く関心がないのみならず、右出捐額さえも知らないし、また同四九年一二月の名義変更についても全然知らなかつたこと

(5) 昭和四七年四月二八日、当初名義人らから相続時名義人らに対する名義変更についても勝治の一存でなされたものであるが、相続時名義人ら五名のうち、原告夫は久喜の弟であり、その余の四名はいずれも久喜の子供であり、右名義変更についても当初名義人らと相続時名義人らとの間には何らの対価の授受もなかつたのみならず、当初名義人らは、右名義変更につき勝治に対して何らの不満をも述べていなかつたこと

(6) 勝治は昭和四八年四月五日死亡し、その相続開始後、神山合名の出資一八万円は税務署の査定で二〇〇〇万円余に達することが判明し、原告芳子、同德子において、当初名義人らの一人として登記されていたこと及び同原告らから相続時名義人らに名義変更されていたことを知るに及び、原告芳子、同德子が、相続時名義人らへの名義変更につき勝治が一存でこれをなしたのであるから、承服できないと主張して両原告に名義を戻すことを要求したので、久喜は、同四九年一二月二三日、本件相続人らを集めて話し合つた結果、相続人などの間で勝治の遺産についての紛争が生じることを避けるため、一応元の名義に戻し、裁判所の判断によつて本件出資持分が勝治の相続財産であるのか当初名義人らに帰属すべきものであるかを明らかにすることとし、相続時名義人らから当初名義人らへ名義を再変更することに合意し、その旨登記したこと、そして、同五〇年に原告芳子及び同德子は東京地方裁判所に神山合名の各社員持分権確認の訴えを提起(同裁判所昭和五〇年(ワ)第七八一三号)し、次いで、桐山もまたこれにならい、右同様の訴えを提起(同裁判所同年(ワ)第七八六一号)したこと(以下両事件を「別件訴訟」という。)

以上の事実が認められ、〈証拠〉中、右認定に反する部分は前掲証拠に照らして措信することができない。

なお、甲第六、第七号証中の原告德子及び同芳子が勝治から生前神山合名の出資持分を買つておいたと聞いた旨の記載並びに原告德子及び同芳子各本人の同旨の供述部分は、右各原告本人尋問の結果によれば、右記載及び供述部分は右原告両名の別件訴訟及び本件訴訟において神山合名の出資持分についての同原告らの主張を認容してもらおうとして、同原告ら及び久喜があらかじめ協議してなされた供述であることが認められるうえ、〈証拠〉によれば、原告芳子及び同德子はいずれも勝治の生前勝治本人から神山合名の社員となつている旨知らされておらず、また、同德子は、勝治死後、一族が相続の話合いのために集まつた時弟から聞いて明確に分つた旨述べていること及び前掲乙第三、第四号証、第八号証によれば、桐山、テル、竹内もまた、名前だけを貸した旨述べていることが認められることに照らし、たやすく信用することができない。

また、〈証拠〉中、桐山は、昭和二三年、勝治から社員にしたから一生懸命やつてくれと言われた旨の記載は、桐山がその名義の出資持分が自己に帰属することの確認を求めて自ら提起した別件訴訟における供述であるのみならず、前記認定のとおり勝治に名義だけを貸した旨述べていること及び〈証拠〉によれば、右名義の変更においては勝治は同人の承諾さえも得ていないことなどに照らし、右供述はたやすく信用することができない。

更に、原告芳子及び同德子各本人の供述中、右両名が勝治からその名義の出資持分を文雄及び隆に譲つてやつてくれと言われ、これを承諾し、勝治から対価を得た旨の各供述は、仮に、右原告両名において、それぞれ自己の意思に基づいて文雄らに対する名義変更がなされたものであるならば、右原告両名は右名義変更について不満を述べたり、また別件訴訟においてその出資持分の確認を求めることは筋違いであるうえ、右対価の額についても、〈証拠〉によれば、二〇万円近くあつたのではないかと思うとか二〇万円位だつたと思うなどと極めてあいまいであるのみならず、その金員授受の趣旨についても、〈証拠〉によれば、勝治から説明がなかつたことが認められることなどに照らし、前記供述部分はたやすく信用することができない。

また、原告夫本人及び証人久喜の各供述中、昭和四七年に原告夫は岩田名義の出資持分の名義変更を受けるに際して、勝治に対しその対価として四〇万円を支払い、これが岩田に交付された旨の供述部分は、極めてあいまいであるのみならず、〈証拠〉によれば、岩田に対しかかる金員の交付がされていないことが認められることなどに照らし、信用することができない。

以上の事実によれば、原告芳子及び同德子を含む当初名義人らの出資持分は、出資払込当初から勝治に帰属し、右原告らは、勝治に名義を貸した単なる名義上の出資者であつたにすぎないものと認めるのが相当である。

もつとも、〈証拠〉によれば、桐山に対する神山合名の昭和三一年一二月二四日及び同三二年七月二八日付けの各賞与額、税額等を記入した定型用紙の賃金明細書(甲第四、第五号証の各一)に付箋(同号各証の各二)が貼付され、これにはいずれも「配当九〇〇〇」と記載されていることが認められる。そこで、右記載から神山合名が桐山に対し配当金を支払つていたのではないかとの疑問が生ずる。

〈証拠〉によれば、神山合名は毎決算期に利益処分案を作成し、これを実行していたことが認められるから、同会社が出資者に配当をしていたとすれば、それは当然右処分案に計上されているはずである。ところで、乙第一三号証によれば、昭和三一年度の利益金処分案では配当金が計上されていないことが認められるから、神山合名としては、同年度には出資者に配当金を支払つていないものといわざるをえない。ところが、前記甲第四号証の一、二によれば、桐山は、昭和三一年一二月のボーナス時に配当の名目で九〇〇〇円、の名目で五〇〇〇円受領していることが認められる。また、前掲乙第一二号証、第一四号証によれば、昭和三二年度の利益金処分案では配当金は九〇万円と計上されていること、この場合の桐山名義の出資持分についての配当すべき金額は、その出資額一八万円の出資金総額一五〇万円(昭和二三年の増資以降の出資金総額)に対する割合〇・一二を配当金総額九〇万円に乗じた一〇万八〇〇〇円となることが認められるが、前掲甲第三号証、乙第三号証によれば、桐山は三二年度には合計一万七、八千円位しか受領していないこと、前掲甲第五号証の一、二によれば、桐山は昭和三二年七月のボーナス時に配当の名目で九〇〇〇円を受領していること、この分については源泉徴収もなされていないことがそれぞれ認められる。

右認定事実によれば、桐山は、ボーナス時に配当すべき利益金がないのに配当の名目で金員の交付を受けたり、配当すべき配当金額に比し極く少額の金員の交付を受けたりしていることになるから、桐山が昭和三一年一二月及び同三二年七月の各ボーナス時に配当の名目で受領した九〇〇〇円は、神山合名からの出資金一八万円に対する配当金というよりは、これと異なつた性格の金員であるといわざるを得ない。

更に、右認定事実に加え、前掲甲第三号証、乙第三号証(ただし、金額及び金員の性格部分を除く)によれば、桐山が昭和二四年ころから同三三年ころまでの間神山合名の製綿関係の業務に従事中、毎年七月と一二月のボーナス時に配当金とは性格を異した金員の交付を受けていたことが認められ、同号証中の金額及び金員の性格に関する部分は当時の貨幣価値及び前記認定事実に照らして信用することができない。

ところで、〈証拠〉によれば、訴外コーヤマ株式会社が、昭和三四年六月、神山合名の製綿関係の事業を引き継ぎ、桐山は同株式会社の取締役に就任したこと、神山合名は事業目的を変更して事業を継続していたこと、同会社はその後も出資者に対して配当金を交付していたこと、しかし、昭和三四年以降は桐山は配当金の名目の金員さえも受領していないことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

以上の各事実に、前記認定の桐山は昭和二三年から神山合名の製綿課の責任者であり、また、同会社が勝治のいわゆるワンマン経営であり、桐山は名義上の出資者であつて、勝治がその名義を変更したことさえも知らなかつた等の事実を総合すれば、桐山が昭和二四年ころから同三三年ころまでの間毎年七月と一二月のボーナス時に受領した金員は、桐山が岩田、竹内に比べて製綿関係の業務に多大の貢献をし、その収益も比較的上つていたことから勝治が特に桐山の労をねぎらうため、出資者としての同人の名義を借用していることも考慮して、配当の名目で支給した報奨金であると認めるのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。

しかして、原告らの反論における勝治が桐山及び岩田に対し出資持分を贈与したとの主張(一七号事件原告の反論(二))勝治は桐山に対し一八万円を贈与し、同人がこれを出資して取得したとの主張(一八号事件原告らの反論(三))、勝治が一八万円を出資し桐山名義で同持分を取得したうえ同人にこれを譲渡したとの主張(同)は、前記認定事実に照らし、いずれも採用することができない。

(三)  相続時名義人らと出資持分の帰属について

相続時名義人らから当初名義人らに本件出資持分の名義が再変更された経緯についての前記認定事実に加え、竹内名義の出資持分が実質上勝治に帰属するものであることは原告らの自認するところであり、また、竹内名義の出資持分以外の出資持分については、証人磯部喜久男の証言によれば、被告所部係官宮本隆次(以下「宮本係官」という。)は、久喜から、全部を白紙に戻すからそれを前提に調査を進めてほしい旨の申出を受けていたことが認められるうえ、原告夫本人尋問の結果によれば、相続時名義人らへの名義変更後も神山合名の経営を決定していたのは勝治と久喜のみであり、他の相続時名義人らは関与していなかつたことが認められ、かつ、右名義変更後、相続時名義人らが、神山合名から配当を受けたことを窺わせる証拠もない。

以上の各事実を総合すると、相続時名義人らへの名義変更後も、本件出資持分の実質的権利者は勝治であつたと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

したがつて、本件出資持分は、相続開始時においては、すべて勝治の相続財産を構成していたものというべきである。

(四)  原告らの反論3について

〈証拠〉によれば、本件相続人全員により、昭和四八年九月、遺産分割協議がなされており、遺産分割協議書に明示された財産以外の遺産は、久喜の相続とする旨の遺産分割協議がなされていることが認められる。

しかし、〈証拠〉によれば、本件相続人らは、昭和四八年一〇月、相続税の申告書を提出するに当たり、本件出資持分を相続財産として申告していないのに対し、前記遺産分割協議書中に記載されていない財産である家庭用財産一切五〇万円、コーヤマ株式会社に対する貸付金七五四万円、神山製綿(「合資」とあるのは「合名」の誤りと思われる。)に対する未収地代家賃二一万二七四五円、準確定申告未収金二七万六六〇〇円、神山合名の未収配当金二七万円がいずれも右申告書に記載されていること、また前掲乙第七号証によれば、本件相続人らは、昭和五三年八月、相続税の修正申告書を提出するに当たり、本件出資持分のうち、竹内名義の出資持分のみを相続財産として久喜が取得した旨の申告をし、その余の本件出資持分については申告していないのに対し、前記遺産分割協議書中に記載されていない財産である三菱銀行銀座支店定期預金一八八万七二〇四円がいずれも修正申告書中に記載されていることがそれぞれ認められる。さらに、右遺産分割協議後に提起された別件訴訟において本件相続人間で、本件出資持分について争われていることは前記認定のとおりである。

してみると、本件相続人らは、右遺産分割協議の時点においては、本件出資持分につき、相続財産として認識していなかつたものと推認されるから、本件出資持分につき久喜が取得する旨の合意は、成立する余地がなかつたものというべきである。

証人久喜は、右遺産分割協議においては、担保付不動産をすべて久喜が取得する代りに、新たに相続財産が発見された場合には久喜がこれを取得する趣旨の合意があつた旨供述するが、右は、前記認定の各事実に照らし、にわかに措信できない。

したがつて、原告らの遺産分割協議により本件出資持分を久喜が取得した旨の主張は採用することができない。

(五)  原告らの反論2について

(1) 国税通則法七〇条違反の主張について

被相続人勝治は昭和四八年四月五日死亡し、本件相続人らが同年一〇月四日相続税の申告をしたことは当事者間に争いがなく、被告が岩田名義の出資持分につき相続財産を構成すると主張したのは、右申告書提出日から三年以上経過した昭和五三年二月一日の本件第二回口頭弁論期日において陳述された同日付け準備書面中においてであることは、記録上明らかである。

しかるに、課税訴訟において処分の適法性は、当該処分が客観的に存在した課税標準等の範囲内でなされたか否かによつて決せられるところ、当該処分が客観的な課税標準等の範囲内でなされたことを理由あらしめる主張は単なる攻撃防禦方法にすぎず、それが当該処分において実際に課税標準等の認定根拠とされたか否かにかかわらず、時機に遅れたものとして排斥されない限りは、口頭弁論終結に至るまで随時提出することができるのであつて、右攻撃防禦方法の提出自体は、国税通則法七〇条所定の除斥期間とは関わりがないものというべきである。

しかして、原告らが主張するところの実質的更正とは、すなわち本件各処分の適法性を基礎付ける攻撃防禦方法の一つにすぎないことは明らかであるから、右除斥期間の制限には服さないものであり、原告らのこの点に関する主張は採用できない。

(2) 信義則違反の主張について

被告が、岩田名義の出資持分について課税を留保した事実を相続人に告知しなかつたこと、被告が岩田の供述を求めていないこと、被告が岩田の死亡後、岩田の相続人に対し架電して、岩田名義の出資持分の帰属につき調査したこと、その際、被告は右調査が民事訴訟規則による訴訟準備行為であることを明示しなかつたこと、以上の各事実は、当事者間に争いがない。

証人宮本隆次の証言によれば、宮本係官は被相続人勝治の死亡に伴う相続税の調査を担当していたが、昭和四九年一二月中ごろ、右相続税申告に関与した税理士の高野から、岩田は神山合名の設立当初から同社に関与しており、同人名義の出資持分は名義出資ではないから、修正申告の対象からはずしてもらいたい旨の申出があつたこと、宮本係官は、右申出から考えて岩田名義の出資持分については被相続人の名義出資であることの確証が得られるかどうか期待が持てなかつたうえ、岩田が当時小田原税務署管外の東京に居住していたことなどから、調査を留保したこと、以上の各事実が認められる。

また証人磯部喜久男の証言によれば、東京国税局の国税訟務官であつた磯部喜久男は、岩田の相続人であるテル及び岩田健男(以下「健男」という。)に架電し、これに基づいて電話聴取書(前掲乙第四号証)を作成した後、再び昭和五三年一月一〇日すぎころ、右電話聴取書に署名押印することを求めて同人らに架電したところ、テルからは、詳細は健男から聞いてくれと言われ、健男からは、一旦承諾を得たものの、その後同人から右聴取書が訴訟に提出されるのは原告らの親戚としてまずいとの理由で署名押印に応じられない旨の回答があつたことを認めることができる。

以上の事実を前提に検討するに、なるほど、岩田名義の出資持分については、昭和四九年一二月二七日の修正申告の段階においては、岩田本人が生存していたのであるから、同人に対して直接調査することが可能であつたにもかかわらず、これを調査対象から外しているが、被告が岩田について調査を留保したのは、恣意に基づくものではなく、本件相続人らの関与税理士である高野からの前記申出に基づいているのであるから、税理士という税務専門家の見解を参斟し、しかもいわば本件相続人側の人物が調査留保の契機を与えていること、また、被告の側は、本件相続人に対し、岩田名義の出資持分については以後課税対象とはしないなどの格別本件相続人をして課税免除と誤信させるような言明もしていないことなどに照らすと、被告のテル、健男に対する前記調査に基づく主張を信義則に反するものということはできない。

なお、原告らは、被告の右調査が、課税の前提である税務調査権の行使ではなく、本件訴訟の維持・遂行のみを目的とした民訴規則上の準備行為であるにもかかわらず、岩田家に対する税務調査権の行使であるかのように装つたか、少なくともテル及び健男のそのような誤信に乗じたものである旨主張する。

しかし、本件全証拠によるも原告らの右主張を認めるには至らないし、被告担当官のしたテル及び健男に対する調査もまた原告らの相続税の課税価格把握のための税務調査であることは明らかであるところ、そもそも税務職員のする調査において被調査者に対し調査の目的、理由を開示しなければならないとする法令上の根拠は認められないのであるから、右の目的等が告知されなかつたといつて、そのこと故に右調査が違法となるものではない。

以上により、原告らの信義則違反の主張は失当である。

3  以上によれば、被告のした土地評価修正及び神山合名の出資持分申告もれ一億二九三六万一五〇〇円の未分割遺産としての申告額への加算はいずれも正当であると認められ、よつて、本件相続人の各相続税に係る課税価格は別表二⑤欄記載のとおりとなるから、右金額の範囲内でされた本件各処分は適法であるということができる。

三よつて、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古館清吾 裁判官吉戒修一 裁判官河野泰義)

別表一

課税処分の経緯

(単位・円)

区分

昭和・年月日

相続税の課税価格

相続税額の総額

過少申告加算税

申告

48.10.4

二億四〇四〇万三〇〇〇

八五四九万七五〇〇

更正及び賦課決定

50.7.30

三億四七三三万二〇〇〇

一億四一二二万五〇〇〇

二七〇万九七〇〇

異議申立て

50.9.29

課税価格のうち、

七七六一万六九〇〇円の取消し

同決定

50.12.26

(棄却)

審査請求

51.1.27

異議申立てと同じ

同裁決

52.6.9

(棄却)

別表二

1課税価格の計算

財産を取得した人の氏名

(各人の合計)

原告ヨシ(妻)

久喜(長男)

原告芳子(長女)

区分

申告額

更正額

被告

主張額

申告額

更正額

被告

主張額

申告額

更正額

被告

主張額

申告額

更正額

被告

主張額

①取得した財産の価額

243,717,990

351,426,868

377,394,808

64,842,362

100,359,594

108,983,694

65,583,158

79,657,137

82,645,595

22,658,502

34,282,037

37,153,113

②債務および葬式費用の金額

3,311,590

4,091,590

4,091,590

260,000

260,000

3,311,590

3,398,257

3,398,257

86,667

86,667

③純資産価額①-②

240,406,400

347,335,278

373,303,218

64,842,362

100,099,594

108,723,694

62,271,568

76,258,880

79,247,338

22,658,502

34,195,370

37,066,466

④純資産価額に加算される贈与財産価額

⑤課税される財産の価額

(③+④)(1,000円未満切捨)

240,403,000

347,332,000

373,300,000

64,842,000

100,099,000

108,723,000

62,271,000

76,258,000

79,247,000

22,658,000

34,195,000

37,066,000

2各人の算出税額の計算

⑥相続税の総額

85,497,500

141,225,000

155,509,400

85,497,500

141,225,000

155,509,400

85,497,500

141,225,000

155,509,400

85,497,500

141,225,000

155,509,400

⑦各人のあん分割合()

1.000

1.000

1.000

0.270

0.28819

0.29125

0.260

0.21956

0.21230

0.094

0.09845

0.09929

⑧算出税額(⑥×⑦)

85,497,500

141,225,000

155,509,400

23,084,325

40,699,634

45,292,112

22,229,350

31,007,361

33,014,648

8,036,765

13,903,601

15,440,528

3各人の納付税額の計算

配偶者の税額軽減額

10,669,272

12,197,970

12,497,404

10,669,272

12,197,970

12,497,404

未成年者控除額

贈与税額控除額

相次相続控除額

⑨計

10,669,272

12,197,970

12,497,404

10,669,272

12,197,970

12,497,404

⑩納付税額

(100円未満切捨)(⑧-⑨)

74,827,800

129,026,900

143,011,800

12,415,000

28,501,600

32,794,700

22,229,300

31,007,300

33,014,600

8,036,700

13,903,600

15,440,500

過少申告加算税

2,709,700

3,408,600

804,300

1,018,900

438,900

539,200

293,300

370,100

⑥欄の相続税の総額の計算

法定相続人の氏名

(各人の合計)

原告ヨシ

久喜

原告芳子

遺産にかかる基礎

控除額

14,400,000

14,400,000

14,400,000

600万円+120万円×法定相続人数7人により計算した金額

遺産にかかる配偶者

控除額

6,000,000

6,000,000

6,000,000

被相続人との婚姻期間が20年以上である場合には、6,000,000円

課税される遺産総額

220,003,000

326,932,000

352,900,000

220,003,000

326,932,000

352,900,000

220,003,000

326,932,000

352,900,000

220,003,000

326,932,000

352,900,000

法定相続分

法定相続分に応ずる

取得金額

(1,000円未満切捨)

73,334,000

108,977,000

117,633,000

24,444,000

36,325,000

39,216,000

24,444,000

36,325,000

39,216,000

相続税の総額の基と

なる金額

33,928,700

55,680,050

61,306,450

8,594,800

14,257,500

15,700,500

8,594,800

14,257,500

15,700,500

相続税の総額

85,497,500

141,225,000

155,509,400

各人の金額を合計した金額(100円未満切捨)

1課税価格の計算

財産を取得した人の氏名

原告德子(次女)

原告夫(五男)

原告信吉(七男)

原告壽之(八男)

区分

申告額

更正額

被告

主張額

申告額

更正額

被告

主張額

申告額

更正額

被告

主張額

申告額

更正額

被告

主張額

①取得した財産の価額

22,658,492

34,282,026

37,153,102

22,658,492

34,282,025

37,153,101

22,658,492

34,282,024

37,153,101

22,658,492

34,282,025

37,153,102

②債務および葬式費用の

金額

86,667

86,667

86,667

86,667

86,666

86,666

86,666

86,666

③純資産価額①-②

22,658,492

34,195,359

37,066,435

22,658,492

34,195,358

37,066,434

22,658,492

34,195,358

37,066,435

22,658,492

34,195,359

37,066,436

④純資産価額に加算される贈与財産価額

⑤課税される財産の価額

(③+④)(1,000円未満切捨)

22,658,000

34,195,000

37,066,000

22,658,000

34,195,000

37,066,000

22,658,000

34,195,000

37,066,000

22,658,000

34,195,000

37,066,000

2各人の算出税額の計算

⑥相続税の総額

85,497,500

141,225,000

155,509,400

85,497,500

141,225,000

155,509,400

85,497,500

141,225,000

155,509,400

85,497,500

141,225,000

155,509,400

⑦各人のあん分割合()

0.094

0.09845

0.09929

0.094

0.09845

0.09929

0.094

0.09845

0.09929

0.094

0.09845

0.09929

⑧算出税額

(⑥×⑦)

8,036,765

13,903,601

15,440,528

8,036,765

13,903,601

15,440,528

8,036,765

13,903,601

15,440,528

8,036,765

13,903,601

15,440,528

3各人の納付税額の計算

税額控除

配偶者の税額軽減額

未成年者控除額

贈与税額控除額

相次相続控除額

⑨計

⑩納付税額

(100円未満切捨)(⑧-⑨)

8,036,700

13,903,600

15,440,500

8,036,700

13,903,600

15,440,500

8,036,700

13,903,600

15,440,500

8,036,765

13,903,600

15,440,500

過少申告加算税

293,300

370,100

293,300

370,100

293,300

370,100

293,300

370,100

⑥欄の相続税の総額の計算

法定相続人の氏名

原告德子

原告夫

原告信吉

原告壽之

遺産にかかる基礎控除額

600万円+120万円×法定相続人数7人により計算した金額

遺産にかかる配偶者控除額

被相続人との婚姻期間が20年以上である場合には、6,000,000円

課税される遺産総額

220,003,000

326,932,000

352,900,000

320,003,000

326,932,000

352,900,000

220,003,000

326,932,000

352,900,000

220,003,000

326,932,000

352,900,000

法定相続分

法定相続分に応ずる取得金額

(1,000円未満切捨)

24,444,000

36,325,000

39,211,000

24,444,000

36,325,000

39,211,000

24,444,000

36,325,000

39,211,000

24,444,000

36,325,000

39,211,000

相続税の総額の基となる金額

8,594,800

14,257,500

15,700,500

8,594,800

14,257,500

15,700,500

8,594,800

14,257,500

15,700,500

8,594,800

14,257,500

15,700,500

相続税の総額

各人の金額を合計した金額(100円未満切捨)

別表三

区分

各人の合計

原告  ヨシ

久喜

原告 芳子

原告 德子

原告  夫

原告 信吉

原告 壽之

1申告額

240,406,400

64,842,362

62,271,568

22,658,502

22,658,492

22,658,492

22,658,492

22,658,492

2申告額に加算又は減算した額

(1)土地評価修正

1,998,752

1,998,752

(2)同上

△18,118

1,283,776

△3,624

256,755

△3,624

256,755

△3,624

256,755

△3,623

256,755

△3,623

256,756

(3)貸家建付借地権申告漏れ

113,758

113,758

(4)定期預金申告漏れ

3,961,489

1,320,497

440,166

440,166

440,165

440,165

440,165

440,165

(5)神山製綿合名会社の出資持分申告漏れ

129,361,500

43,120,500

14,373,500

14,373,500

14,373,500

14,373,500

14,373,500

14,373,500

(6)配当期待権申告漏れ

1,226,347

408,783

136,261

136,261

136,261

136,261

136,260

136,260

(7)有価証券評価修正

△4,250,686

△708,448

△708,447

△708,447

△708,448

△708,448

△708,448

(8)債務控除

(預り敷金)

△780,000

△260,000

△86,667

△86,667

△86,667

△86,667

△86,666

△86,666

小計((1)~(8))

132,896,818

43,881,332

16,975,770

14,407,944

14,407,943

14,407,942

14,407,943

14,407,944

3合計(1+2)

373,303,218

108,723,694

79,247,338

37,066,446

37,066,435

37,066,434

37,066,435

37,066,436

別表四

番号

所在

地目

利用

区分

数量

固定資産税

評価額①

申告

更正

被告主張

増差額

④-②

申告

更正

申告

更正

倍数②

評価額

①×②=③

倍数④

評価額

①×④=⑤

倍数⑥

評価額

①×⑥=⑦

⑥-④

松田町神山

字下河原274-3

貸地

自用

m2

66

m2

66

583,830

自用地倍数(1-借地権割合)

1.2(1-0.3)

490,417

自用地倍数

1.2

700,596

更正に同じ

700,596

210,179

0

〃274-1

226

226

2,102,070

1.2(1-0.3)

1,765,738

1.2

2,522,484

2,522,484

756,746

0

字清水199-2

36

36

304,920

1.2(1-0.3)

256,132

1.2

365,904

365,904

109,772

0

神山﨑5-1

宅地

貸地

1,611.57

1,161.57

9,450,556

1.2(1-0.3)

11,011,985

自用地倍数

(1-借地権割合)

1.2(1-0.3)

7,938,467

7,938,467

922,055

0

貸家

建付地

450

3,658,950

1.2(1-0.3)

自用地倍数

(1-借地権割合×借家権割合)

1.2(1-0.3×0.3)

3,995,573

3,995,573

小計

(13,524,272)

(15,523,024)

(15,523,024)

(1,998,752)

(0)

松田町松田

惣領沢尼西1808-1

宅地

貸地

貸地

509.95

349.2

6,998,993

自用地倍数(1-借地権割合)

1.2(1-0.4)

7,359,834

自用地倍数

(1-借地権割合)

1.2(1-0.4)

5,039,274

更正に同じ

5,039,274

1,082,928

0

貸家

建付地

160.75

3,223,000

1.2(1-0.4)

自用地倍数

(1-借地権割合×借家権割合)

1.2(1-0.4×0.3)

3,403,488

3,403,488

〃1808-6

21.48

75.19

442,157

442,157×1.2

(1-0.4)

318,352

459,314×1.2

(1-0.4×0.3)

485,035

442,157×1.2

(1-0.4×0.3)

466,917

166,683

△18,118

〃1808-11

8.23

8.23

101,680

1.2(1-0.4)

73,209

1.2(1-0.4×0.3)

107,374

更正に同じ

107,374

34,165

0

小計

(7,751,395)

(9,035,171)

(9,017,053)

(1,283,776)

(△18,118)

10

松田町神山

清水159

(154-1に併合)

貸家建付借地権

貸家面積(56.46)

単位当たり

面積

9,328×56.46

=526,658

自用地倍数×借地権割合

(1-借家権割合)

1.2×0.3(1-0.4)

113,758

113,758

113,758

合計

((21,275,667))

((24,558,195))

((24,653,835))

((3,282,528))

((95,640))

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